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高松家庭裁判所丸亀支部 昭和50年(少ハ)1号 決定

少年 G・N(昭三〇・五・九生)

主文

本件申請を却下する。

理由

(申請の趣旨及び理由の要旨)

少年は、当裁判所の昭和四九年三月五日付特別少年院送致決定により新光学院に収容され、同五〇年三月七日同学院を仮退院したものであるが、仮退院するに際し、犯罪者予防更生法第三四条第二項所定の一般遵守事項及び同法第三一条第三項により中国地方更生保護委員会の定めた特別遵守事項を遵守する旨誓約していながら、(一)右同年同月一九日朝パチンコ店で睡眠薬を服用し、同日夜より家出をして少年院収容歴及び前科を有する旧友○本○一方に止宿するかたわら昼間は坂出市内を徘徊してパチンコ、飲酒などに耽り、(二)同月二二日父に発見され、父の友人○崎○から厳しく説示を受けたうえ同人のもとで鳶職として稼働したが八日後には無断退職し、(三)右同年四月一日午後二時ころ、自宅より父及び弟の預金通帳、印鑑などを無断で持出して家出し、前記○本○一及び中等少年院仮退院中の旧友○井○男らと交わり、パチンコ及び飲酒など徒遊の生活を送り、(四)右同月一〇日午前九時ころ、自宅に侵入してタンスの中より父の所有する現金一〇万円と腕時計などを無断で持ち出し、内金七万円を借金返済に、残余金を遊興費に充当し、(五)この間、担当保護司の指導に従わなかつたため、少年を少年院に戻して収容するべきである、というものである。

(申請却下の理由)

一  戻収容申請事件の審理にあたり、申請を容れ戻収容の決定をするためには、裁判所において、遵守事項違反或いは遵守事項違反の虞れのみならず、仮退院中のその者を少年院に戻して収容することが相当であると認めることが必要である、というのが犯罪者予防更生法第四三条第一項、少年院法第一一条第三項の趣旨と解される。

二  当審判廷における少年及び父親の供述並びに保護観察官の質問に対する少年の供述を記載した質問調書によれば、前記申請の理由の要旨(一)ないし(五)の事実が認められ、これらの各事実は少年の遵守するべき事項に違反していることが認められる。

三  戻収容の相当性

少年及び父親の当審判廷における供述及び家庭裁判所調査官稲毛登代子作成の少年調査記録によれば、左の事実が認められる。

少年は、昭和四九年三月五日当裁判所が特別少年院送致決定をなすに当り認定したとおり、父親との不和葛藤及び少年の資質面における不良親和、自己顕示性、情緒不安定の傾向が基底となつて、早期に初発非行があつた後多種多様の非行を反覆継続し、遂には恐喝未遂を敢行するに及んでいたものである。

少年院仮退院後の少年の生活は、仮退院の翌々日である昭和五〇年三月九日から父親の勤務する○村土木で国道の道路清掃に従事していたが同月一九日父親と口論したことから家出し、前記認定の経過を辿つて○崎○方で鳶職として就労し、同人及び新光学院の出身者である兄弟子の適切な指導を受けて職に適応しつつあつたが、体暇をとると父親らに捜し出されるなど、生活に自由がないことから無断退職して再度家出をし、前記認定の経過の後四月一二日引致されるにいたつたもので、この間少年の生活が大きく崩れ不良交友が復活したものの家財持出しは少年院収容前の借金返済金を父親が貸してくれないことから止むなく行つたものでその他に犯罪行為を行つていないことは相応に評価されるべきであるとしても、右の経過に照すと、少年の少年院収容当時の資質的な問題性が十分解決されるにいたつていないことが看取され、この点において、将来再び犯罪行為に走る危険性が依然残されている。

しかしながら、少年は、少年院在院中反則行為がなかつたばかりか、六ヶ月、一〇ヶ月各無事故賞及び技能賞を受賞したことにも顕れているように収容生活全般にわたつて蔭日向なく積極的な取組みをみせて好成績を収め、情緒面の安定についても相当の指導教育効果があがつていたもので、そうしてみると、少年を少年院に戻して収容すれば再び好成績をあげることとなるものの、その仮退院時に今回同様の不適応状態を再び生じさせるであろうことは容易に予想されるところであり、戻し収容の効果には多くを期待できない。そればかりか、少年が仮退院後短期間で戻し収容されることによつて受ける羞恥心、劣等感から、かえつて少年の情緒を極めて不安定にし少年を自暴自棄的、衝動的行動に走らせる危険性が高いと認められる。

翻つて少年の仮退院後の不適応状態をみてみると、その基底には少年と父親の激しい葛藤があると考えられる。すなわち、少年は、従来父親が少年の行動、生活に強圧的に千渉しすぎることからこれに対する反発心を強くもつており、これが各非行への一つの原動力となつていたものであるが、この父子関係も少年の少年院在院中は平穏に経過した。ところが、少年が仮退院後同居するにいたつて再び表面化し、少年は、父親において、少年の慕つていた実母が病没して僅か一年後で、少年院在院中に、実母の入院していた病院で知り合つた年若い看護婦と再婚し、家庭では若い後妻の歓心をひくことにのみ専心していることから、帰住してきた家庭に失望し、父親に対しては不信感を強く抱いていたところ、父親の少年に対する姿勢は従前と変らず、小遣銭の子細な使途、行動の逐一についてまで威圧的に追及干渉し、更に、在院中父親が少年のために多額の出費を余儀なくされたことをしばしば口に出しては暗に少年を責めるなど、仮退院してきた少年に対する保護教育的配慮が殆んどなされていなかつたため、父子関係は極度に緊張して少年の家出徘徊、そして父親の要請に基づいて少年の引致及び本件申請へと発展していつたものとみられる。そうしてみると、少年の今後はこの父子関係の調整にかかつていると言えるところ、少年及び父親は、本件審理の推移の中で事態への認識を深め、父親においては少年が別居して独自の道を歩むことを容認し、そのための援助をしつつその生活を見守つていく態度をとる決意を固め、少年においては父親の家庭を離れて自立し、数多くの少年院出身者を更生させた実績をもち、父親の友人でもある前記鳶職○崎○の許で仕事、生活行動両面にわたつて指導を受けつつ、新光学院の恩師の期待にこたえるよう頑張る旨誓つているもので、本少年の場合においては、その成育歴、非行歴、収容生活の実態など諸般の事情に照すと、父親の監護下にあるよりもむしろ、右のような独立性を双方が保ちつつ職場の親方の指導を受けることの方が適切であり、かつ、これによる更生が十分期待できると思料される。

四  結論

よつて、少年を少年院に戻して収容することに積極的効果を見出せず、かえつて、前記環境面の改善に支えられた少年の自力による更生が期待される以上、戻収容することは相当でなく、本件申請は理由がないこととなり、犯罪者予防更生法第四三条第一項、少年院法第一一条第三項、少年審判規則第五五条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 安倍嘉人)

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